そのときの等身大の自分を綴る場です。
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一人称を大事に。

頭の中がごちゃごちゃしたまま、いまいちすっきりしない中で新学期が始まった。9月はいいこともイヤなことも、嬉しいことも悲しいこともいろんなことがあった月で、自分の中で内省する時間が割りと多かったような気がする。

自分がどこに向かってるんだろっていう漠然とした不安と今の自分ならどうにでもなるだろっていう根拠のない自信が混在したような、よくわからない精神的な状態のまま日々を過ごしてる感じ。

10月はたぶん自分にとっての一つの過渡期になる気がする。1年生のときからお世話になってきた団体を引退して離れるし、去年からお世話になってきた演習も後期からはなくなって、これからは授業や単位の枠を超えて自分の任意での勉強が多くなる。シューカツもぼちぼちやっていく。

とはいったものの、特別行きたい会社があるわけでもなく、でも一応ちゃんと「働く」ってことには向き合って将来については考えていきたい。まだまだ自分のことが全然わかってないんだなって友達のブログを読んでてさっき思った。

友人からは「自分のこと俯瞰してとらえることができてるね」って言われたりすることがたまにあって自分でもそうだと思ってたけど、冷静に考えてみると自分のことって知ってるようで全然知らないんだなって最近ふと思ったりした。もっと自分と向き合う時間を増やさないといけないし、人と話す中で自分の輪郭をもっとつかんでいく時間も大事だなぁって思う。

ただ最近ちょっと思ったのが、自分って本当に自分中心主義だな、と。社会とか世界のために頑張れる人をすごいなと思ってもときどきどこか違うなって感じてしまうのは、今の自分が「こういった社会を作りたい」「世界のために○○を成し遂げたい」とか自分が言っても自分でものすごく陳腐に感じて言葉が軽くなってしまうから。口で語ることができても背中で示すことが今の自分にはできない。今まで環境に恵まれてきて、人のためじゃなくて人のおかげで頑張ってこれた人間だからなのかもしれない。どこかで恩返しをするなり次につなぐなりしていこうとは思ってるものの、自分中心の今の状況からはなかなか脱却できる気がしない。

でも
以前読んだ本でちょっと気になった言葉があって、「一人称の主語を失った善意や優しさが世の中をおかしな方向に導いていく」ってこと。自分の文脈を省いて社会云々って語ったところでその言葉は薄っぺらいものにすぎないし、聞いていても何も共感しない。でも言ってる当人はなんとなく気持ちよく感じてしまうもの。その気持ちよさに浸る人が多数派になったときに人間の感覚が麻痺しておかしいものをおかしいと思えずに思考が停止して社会がおかしな方向に進んでいく。この趣旨はすごくわかる気がして、あくまでも自分の語る言葉にちゃんと当事者意識を持っていたい。

今の自分なりに疑問に思うことだったり許せないこと、なんとなく掘り下げて知りたいことはあるけど、あくまでも「なんとなく」っていう漠然とした感覚に過ぎない。だから「こういう社会にしたいです」みたいなご立派なビジョンは特にない。でも、いわゆるシューカツなんかだと夢だとか目指す理想を聞かれるする中で、中途半端な気持ちで大して思ってもないことを話すのは今の自分にはきっと苦痛でしかないんだろうなぁーと思う。やっぱりどんなときでも自分の文脈で自分なりの言葉で語れる人間でありたい。

いつも入り口は好奇心でいいと思ってきたし、何のため、誰のためってのは後付けでいいじゃんって思ってきたから、立派なビジョンや夢を持っている人にはなんだかコンプレックスを抱いてしまったりもする。ただ、それでもあくまでもそのときの自分の感性や直感で面白いと思ったものをやるってスタンスは持ち続けたいし、そういう自分を否定したくもない。

何が言いたかったのか全くわかんなくなってしまったけど、僕の場合は「好きなことをやる」っていうとこを抜かしてあれこれ考えても、今の自分じゃ人に「自分のことを自分の言葉で語る」ことはできないんだろうなって思うわけです。

それはこの前久しぶりに会って話した父親だったり、相談に乗ってくれた先輩と話していて感じたことでもあって、2人とも「自分」っていう一人称の主語を大事にしているんだなって思った。あくまでも自分の好きなことをやりながら結果として人のためになるような循環を自分で作っていくのが今の自分には合ってるスタイルなのかもしれない。

最近ぐだぐだ日々を過ごす中で考えてるようで何も考えてないことに気付いたんで、ちゃんと足を動かして人の話を聞きにいったり、時間を確保して本を読んだりする中でもっと自分の認識を深めていきます。

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