そのときの等身大の自分を綴る場です。
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日常に戻る
 久しぶりのブログ更新。

2月の末あたりからは、小冊子の制作、ワークショップ開催、演習形式の授業での中国研修と、ドタバタしてて、一段落しそうなときに地震が起きた。

地震、津波、放射能の影響に苦しんでいる人達がいることを考えると、自分は本当に運が良かったとしか思えない。阪神淡路、中越地震、そして今回の震災とどれも経験したけど、いつもギリギリで震源地域から外れているおかげで生き延びてこれた。常に自分が当事者になりうる可能性がある。

最近は少し世間の雰囲気も落ち着きが戻りつつあるけど、それでも不謹慎・自粛の言葉が蔓延している。被災地のことを考えるのはもちろん大事だけど、被災しなかった人間としてやるべきことは長期的に考えれば、日本経済がこれだけ打撃を受けているときだからこそ、生産・消費をまわすことで経済を少しでも動かしていく責任があるんじゃないかとも思う。もうそろそろ日常を取り戻して前を向いて自分達がやるべきことをやる時期がきているんじゃないかと思う。

そんなわけで、僕は自分のペースを取り戻すことも兼ねてブログを再開して2月、3月の自分を振り返っていきます。なんだか最近ブログで面白いもの書かなきゃって強迫観念に駆られていたけど、よくよく考えると自分のブログの目的はあくまでも自分の思考の整理であって、等身大の自分を書き記すこと。
だから他者に見られていることを前提としつつも、1、2年のときはそのときそのときで思ったことを考えすぎずに言葉にしてきた。でも、最近は記事を書いてる途中で「もっと考えたい」とか思って、中途半端になって下書き保存の記事がどんどん増えてしまっていた。

半年間お世話になった勉強会フレッジ、新歓に向けて取り組んだ冊子の制作、ジャーナリズム演習の授業で言った中国研修、そして今回の地震に対する自分の思ったことや考えを区切ってまとめていこうと思います。

まずは半年間コミットしたフレッジが終わったので、その振り返りから。




僕のグループでやった安部公房「箱男」の世界を体験して再表現するワークショップ。「本」に対する学びの深め方として、読書会の延長的な感じでやりました。



知り合いに声をかけてもらってなんとなく参加した勉強会だったけど、ワークショップ運営のノウハウ、「学び」というものに対する考え方、プロジェクトにおける自分の取り組み方っていう大きく分けて3つの点でとてもためになった。

文献の輪読⇒発表⇒ワークショップの企画、実践、⇒報告

というステップで進んでいったわけだけど、ワークショップ実践の準備は特に大変だった。

やっていくうちに、ゴールとしての落としどころを意識する考え方だったり、空間をいかにうまく使うか、という部分でのこだわり方など、今まで自分が関与してきたイベントも「もっとこうすればうまくいったな」って改善点が次々と出てきた。そういうノウハウ的な面でも勉強になったし、文献の輪読を通して活動や共同体というものに対する考え方も広がって、自分が普段取り組んでいるプロジェクトを違う視点から捉えることができたのも面白かった。

今までは、自分が取り組んでいる活動の成果を社会貢献性だったり、いかに数値化するかっていう部分に捉われていたけど、活動を一つの大きな参加型の学習と捉えることができる考えたとき、そこから自分が何を学んでいるのかという、「個人のとしての学び」という部分をもっと大事にすべきなんだということが一つの気づきだった。

自分はまだ学生という立場であって、あくまでも社会人になるための準備期間。ただ、自分の中でちょっとした意地のようなものがあって、「自己成長」を目的化しすぎることをなんとなく嫌悪していた。でも、それ自体がよく考えると自惚れだったなって思う。まだまだ学び続けなければいけない立場。それは社会に出てからも一生変わらないけど、特に今は自分にとっての成長をもっと意識しないと結局何も成し遂げることができないんだと思ったりもした。


今回一緒に取り組んだグループの人達が僕から見るとレベルの高い人達だったから、ついていくのでいっぱいいっぱいな部分もあった。だから自分に対する指摘をいろいろもらえたことが、今後何らかのプロジェクトに取り組んでいく上で大事なことだったし、価値観も所属するコミュニティも全然違う人たちと一緒に何かをやるっていう部分においても貴重な体験だったと思う。

ワークショップ実践が終わって、その日の振り返りをしているとき、リーダーの先輩からの自分に対する2つの指摘がすごく的を射ていた。

1つ目は、自分の成果物に対してこだわり抜いていないということ。つまり向こうから見て、自分が納得せずに提出しているということが見てわかるということ。2つ目が、振られた仕事に対して、情報を収集する部分まではよくても、そこから自分なりに最善の選択を考えた上で提案する、という段階まで持っていけていないということ。つまり、最終的な意思決定をリーダー任せにして自分が「考える」というステップを省いてしまっているということ。

どっちも、一つ前の記事に書いた、〃覯未砲海世錣襦´考えることから逃げない っていう2つに該当していて、見事に見抜かれたなって思ったし、自分の中で心当たりがあったのに見て見ぬふりをしてきた部分を指摘されて、すごく刺さった。でも、それが最近の自分に大きな影響を与えている。

それと言われた言葉で印象的だったのが「考える機会はチャンスである」ということ。自分は元々頭がいい方ではないし、クリエイティブなタイプでもないため、ある程度考えて答えが出なかったときは割り切ってしまう部分があった。でも、よく考えるとそれはとてももったいないことをしてきたんだな、とも気づけた。

反省点がたくさんあったし、最終報告会での先生達からのフィードバックは好意的なものもあればすごく厳しいものもあって、なんともいえぬもやもやした感じがあったとき、最後に先生が、「もやもやを残さないと次につながらない。満足して終わるとそこで止まってしまう」 「ワークショップの際、100を振りふるとしたら 準備:当日:振り返り の割合は50:20:30。ただ、振り返りは次への準備だから、80が常に準備」って言葉もすごく印象的だった。これはワークショップに限らず他のいろんなことに言えることだと思う。

この半年も自分にとっては次への準備だったんだと捉えて次に繋げて行きたい。曲りなりにも今は一つの団体の代表として活動しているわけで、ここでの学びを生かす機会は存分に溢れている。

自分がメインにしているコミュニティから一歩外に出てみる中で、とても面白い人たちが集まったコミュニティに出会えたことは貴重な財産だと思うし、何より人として魅力的な人がたくさんいた。4年生も多くて、4月から社会人や院生になっていく人たちもいる。そんな中、自分も3年になって折り返し地点がきた。自分が1年後、2年後にあんな風になっていたいなぁと思える人達と出会えたと思うと、そういう意味でもとても意味のある半年間だったと思うし、今後も今回の縁を大事にしていきたいです。
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